林丘寺

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時を超えたコラボレーション

私たちがお守りする林丘寺は、比叡山のふもと、修学院離宮にあります。
江戸時代初期に後水尾上皇が造営したこの離宮。まず造られたのは、上御茶屋と下御茶屋でした。
これらの完成からおよそ10年後、中御茶屋が新造され、修学院離宮は3つの御茶屋からなる現在の形になったのです。

中御茶屋建築の背景には、後水尾上皇の第八皇女・朱宮光子内親王殿下の存在がありました。殿下のお住まいにと、上皇陛下は中御茶屋・朱宮御所をお造りになったのです。

その後、上皇陛下のご逝去に際して内親王殿下はご出家し、照山元瑶尼公と御名前を改めます。朱宮御所も門跡尼寺・林丘寺となり、長い歴史をたどることとなりました。


さて、時は移り変わって現代の林丘寺へ。
上皇陛下や照山元瑶尼公の面影を伝える宝物のうち、一幅の掛け軸をご紹介しましょう。

掛け軸のなかで、ゆったりと蓮華座にかけていらっしゃるのは弥勒菩薩様。
「衆生を救う」存在にふさわしい、慈悲深さを感じるおだやかなお顔をなさっています。
肩に流れる御髪は毛先まで、お召し物はそのしわまでしっかりと描き込まれており、画家の観察眼の鋭さに驚くばかり。
弥勒菩薩様がお座りになった台座の蓮華も、みずみずしさにあふれています。

実はこのお軸は、照山元瑶尼公が御手ずからお描きになったもの。
和歌や書に長けた尼公は、絵も得意としていらっしゃいました。
その腕は、狩野派に師事して磨いたと伝えられています。

狩野派といえば、桃山時代にあっては足利家、江戸時代にあっては徳川家の御用絵師を務めた名門です。政権が江戸、つまり豊臣から徳川へ移るタイミングでは、両家に狩野派の人間を送り込む機転で御用絵師の地位を守りました。

晴れて徳川家の御用絵師となったのは、のちに江戸狩野派の祖と言われる狩野探幽でした。
長らく本拠地としていた京都から江戸へ移った探幽は、尚信と安信、2人の弟を呼び寄せます。そして11歳の末弟・安信に、狩野宗家を継がせました。この狩野安信こそ、照山元瑶尼公に絵を教えた人物だと言われています。

尼公の掛け軸と、狩野安信の画風を比べてみるため、少し安信の人となりもお話ししておきましょう。

2人の兄とともに江戸へ向かった安信は、お伝えしたとおり11歳で代々続く絵師の専門集団・狩野宗家を受け継ぎました。
この時探幽が、なぜ弟に当主の地位を譲ったのかは、いまだに謎とされています。
安信は、ひと言で表すと努力の人でした。天才肌ではなかったものの、努力と勉学で絵を修めたと伝えられています。

武者絵ひとつを描くために儒学者・兵学者である山鹿素行を訪ね、朝廷や公家、武家が古来行ってきた行事や法令・儀式・制度・官職・風俗・習慣を研究する学問「有職故実」から修めようとしたというエピソードが、その努力家ぶりを物語っています。

安信は、画家がその才能のままに描く絵を「質画」とし、学んで身につけた技術で描いた絵を「学画」と呼んでいました。後世へ技術を伝えるのなら、学画を重宝すべしとして、狩野派に絵画における理論の基礎をもたらしたと言われています。
ただし、技術一辺倒ではなく、筆を運ぶ時の心くばりや、描く対象を心の眼で観察する大切さもまた、同時に説いていました。

確かなデッサン力と丁寧な筆致で、対象のあるがままの姿を描き出す観察力で知られる安信。
掛け軸のなかの弥勒菩薩様を見ていると、まっすぐ仏様に向き合い、丁寧にその御姿を紙の上に写し取る照山元瑶尼公と、指導する安信の姿が浮かんでくるようです。

江戸詰めが多かったであろう安信ですが、御所や二条城行幸御殿の画事に参加していたという記録が残っています。尼公への指南は、こうしたつかの間の帰京の際に行ったのかもしれませんね。

さて、最後にもう一つご紹介しておきたいのが、掛け軸の背面に描かれた蓮の花々です。
お軸のなかで弥勒菩薩様がお座りになっている蓮華座と同じ白い蓮は、清らかな仏様の御心そのものとされ、重要な意味を持ちます。
そんな蓮の花と葉、これらが浮かぶ水面が、壁一面に描かれているのです。

掛け軸に比べて新しいこの絵は、京都市立芸術大学で教鞭を執る川嶋渉教授の作品です。
お目にかかってすぐにそのおだやかなお人柄に惹かれ、「この方なら、照山元瑶尼公の世界観に合う絵を描いてくださる」と確信し、制作をお願いしました。

直感は的中し、先生は、ご自身のお人柄をそのまま写し取ったような、優しい絵を描いてくださったのです。

川嶋先生もまた、3代にわたって絵を専門とするご家系です。
大学では生徒の皆さんに、「日本画を描くには、見る・感じるといったインプットが大切」と教えていらっしゃるとのこと。

たしかに、丁寧な筆致と、光を受けた花や葉のやわらかな色彩は、蓮をじっくりと実際の目と、心の眼で見なければなしえないものでしょう。

照山元瑶尼公の弥勒菩薩様と、掛け軸のあるお部屋に光を投げかける庭園。
川嶋先生の蓮の絵が、これらが会する場の美しさ、清らかさをいっそう高めてくれています。

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